ドイツの暮らしとフェアトレード


日本でのフェアトレードの仕事を離れ、ドイツで子育て中!ドイツで過ごす日々やフェアトレードについてのブログです。
by nakazawamlibra

世界初!フェアトレード認証ゴールド・ジュエリーが発売!

きらきら輝くジュエリーは、結婚式や記念日など特別な時に贈られることが多く、人々は高価なものを買い求める。でも、その原石の採掘現場では、ひどい労働環境や低賃金、児童労働、紛争とのかかわり、環境破壊など、恐ろしいことが進んでいる。
一生の記念だったり、特別な贈り物なのに、そんな風にして出来上がったものだと思ったら、何だか悲しいし、何だか後ろめたい。

この間日本に帰った時、知人が起こしたジュエリーブランドで指輪を2個ほど買った。デザインもとても素敵であることは言うまでもないが、生産者の賃金や労働環境にきちんと配慮して作っていて(各地から集まる原石そのもの生産状況までは全て把握しきれていないようだったけれど、少なくともジュエリーの生産現場はしっかりモニターされている)、気持ち的に少し買いやすかった。

ジュエリーの世界でも、こんな風に倫理的にきちんと配慮された「エシカル・ジュエリー」が少しずつ広まり始めている。2月に、世界で初めてフェアトレード認証ゴールド・ジュエリーが英国から発売!

Think the Earthに記事を書きました↓。
http://www.thinktheearth.net/jp/thinkdaily/news/business/876fairtrade-jewellery.html

私の暮らしの中では、こういう高価なものを買う機会はないのだけれど、もし次に買う機会があれば、ぜひフェアトレード認証ジュエリーにしたい!
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# by nakazawamlibra | 2011-03-22 07:27 | フェアトレード

ドイツ人と日本人の反応の違い

今回地震・原発事故が起きてからというもの、会う友人会う友人みな口をそろえて、「家族は日本から離れた方がいいのではないか?」と言ってくる。
ドイツはチェルノブイリによる苦い経験があるからか、また原発問題がドイツでもホットイシューだからなのか、原発に対する関心が大きいように思う。ドイツの報道もかなり厳しく過激で、中には日本はすでに死のゾーンだというような一面も目にしたりした。それゆえ、多くのドイツ人は「自分ならすぐ逃げる」と感じているようだ。

一方日本の報道はそれに比べると、パニック防止を意識している部分もあるだろうが、抑え気味。
そういうこともあってか、多くの日本人はあまりパニックにならず、情報を何とか把握して、落ち着いて見極めようと努力しているように見える。
そんな姿を見て、多くのドイツ人から「今回日本の人々がとても落ち着いていることにビックリし、感心した」と言われた。もちろん中には、「とはいえ、日本の報道は抑え過ぎていて、真実が伝えられていないからではないか」とか「日本の人々は落ち着き過ぎていて、最悪の事態が起きるのを受身で待っているようにも見える」ということを言っている知人もいた。

わが母は、「一番辛い状況にある東北の人々が、家族や友人が見つからなかったり、色々な事情で脱出することもできないのに、東京に住んでいる私たちが東京や日本を離れるなんて、失礼だ!」と言っていた話をすると、私の友人の一人は「ドイツ人ならやっぱりパニックというか騒ぎ立てて、そんな風には考えられないような気がする。日本人はそうしたメンタリティーを誇りに思っていい。私たちドイツ人が学ばなくてはいけないことだ」と言っていた。

日本人は何かと集団で行動する。何事もそうであるように、良い面と悪い面がある。
今回の災害では、一致団結して乗り越えよう!という日本人の気質が感じられる。もちろん買占めとか個人を優先している部分も出ているけれど、ドイツ人から見れば、個人個人の意思や判断よりも、どちらかといえば他の人が残っているのに自分だけ逃げることはできないといった集団気質が良く働いているように見えるのかなと思う。
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# by nakazawamlibra | 2011-03-22 07:12 | 暮らし全般

東北地方太平洋沖地震

朝仕事にでかけたと思った夫が、数分後に家に戻ってきて、突然テレビをつけた。
日本で大地震が起きたという。
すでにドイツのテレビでも常にこのニュースが流れており、映像を見た時にさーっと血の気が引く思いだった。
最初は、それがどの地域の映像なのかが分からず、日本にいる家族のことが心配で仕方がなかった。

それから1週間以上が経つが、毎日のように想像もできないほどの死者数、被災者数が数字として表れるが、あまりの多さにもはや自分の想像力を超えてしまう。原発事故も、未だにどうなるか分からない状況で、これが本当に日本で起こっていることなのかと信じられない想いだ。

海外にいても、インターネットで日本のニュースがライブで見られるし、そういう意味では状況が把握しやすい。でも、やっぱり実際に日本の人々がどう過ごしていて感じているのか、分からない分、やっぱり不安になるものだ。デュッセルドルフは日本人が非常に多い街なので、日本人同士が会うとこの話題になり、みな一様にドンヨリしてしまう。

しかし、それは日本人だけではなく、ドイツ人もかなりこの災害・事故を心配している。今でも連日終日に渡り日本のニュースばかりが流れているくらいだ。
私の友人の一人は、特に原発事故が起きてから、そのことを考えると夜うまく眠れないのだ、とまで言っていた。多分、多くのドイツ人にとって、経済的に豊かな日本が一瞬にしてあのようになってしまったことがまず大きな衝撃だし、さらにこの街の日本人の多さから親身に感じてくれる人も多い。

でも、何よりも原発事故がドイツの報道を過熱させていると思う。
ドイツでは、原発問題はホットイシュー。一度は国として原発を全て廃止すると言う決定をしたにもかかわらず、去年メルケル政権では平均12年の原発稼働延長を可決したのだ。ここ最近、ヨーロッパなどではCO2を排出しない原発に対する見直し論調が強まり、自然エネルギー推進を進めているドイツですら、現状まだ自然エネルギーでまかなえないことから、そのような決定となった。

しかし、今回の日本での事故を受け、政府はとりあえず3カ月だけ7基の原発を停止し、その安全性を点検するということを発表した。これに対しては、この3カ月の間に各州で選挙がおこなわれる予定であることなどの背景から、どのドイツ人と話しても、単なる政治パフォーマンスだと憤慨している。ドイツ国内の市民は脱原発をかかげて反対運動を起こしている。先週の土曜日も45キロもの人間の盾が作られた。

今回の災害は本当に恐ろしくヒドイ。けれども、日本を含め世界各国で原発を本当にどうすべきか考え、行動する大きなきっかけとなっていることは、少なくともポジティブな面か・・。
人間、のど元過ぎれば・・ということがあるので、今行動に移さないと、また日々前に進むことばかりに追われてしまう。
私もこれまで、原発の問題を考えたり、自宅を作るときに太陽エネルギーパネルを入れるかどうか考えてみたり(結局あまりに高くてまだ実現していないが)、そういう風に意識することはあったけれど、具体的に行動してこなかった。でも、このような危険性を原発周辺で生きる人々に押し付けて、これからも同じように生活していいわけないな、と思う。現状では原発が急になくなると、人々の生活や産業が成り立たなくなる部分があるとは思うけれど、どこかでその壁を一旦乗り越えて、転換していかないと、いつまでたっても抜け出せない。
それに電気の源が何かという問題もさることながら、なるべく電気を無駄にしないように暮らすことが一番だなと改めて思う。
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# by nakazawamlibra | 2011-03-22 06:48 | 暮らし全般

「おかあしゃん」「おとしゃん」

言葉が出るのが少し遅めの我が息子。
1歳5カ月のころから、1ヶ月に1単語のペースで増えていたのが、2才の誕生日を迎えてから、いよいよ花咲きだした。

私は両親を「お父さん」「お母さん」と呼んできたので、やはり自分もそのように呼ばれたいと思い、息子と話す時は「お母さんは・・」と自分のことを呼び続けていた。
だが、周りのドイツ人の友達はもちろんのこと、多くの日本人が「ママ」を使っているので、ご多分にもれず息子も10月頃から突如「ママ」と私を呼び出したのだ。

本当は「お母さん」って呼んでほしいなぁと思っていたが、やはり「ママ」は簡単ですからね・・・。
と思っていたら、先週息子と話していて、「傘(かさ)」が言えるようになっていたので、「はっ!!!」として、「”かさ”が言えるなら、”おかあさん”だって言えるんじゃない?」と促してみると、

「おかあしゃん」

と一言!
傍から見れば大した話じゃないのは分かっているが、何だかようやくちゃんと私のことを呼んでくれたような感覚がして、予想以上に嬉しいものでした。
息子も、今まで言えないと思っていたものが言えたので、大興奮して、何度も何度も「おかあしゃん、おかあしゃん」とつぶやいたり、大声で「おかあしゃーん!!!」と叫んでみたり。

その数日後には、それまで「トート」だった夫のことも、「おとしゃん」と言えるように。
しばらく我々二人は、そう呼ばれるたびに、何だかとっても幸せな気持ちになっているのだった。

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息子はこの1カ月の間に1日1-2単語は新しい言葉を覚え、その瞬間瞬間がとても面白い。
日本にいたら、息子が1歳になった頃に職場復帰していたが、縁あって妊娠と夫のドイツ赴任の話が偶然にも同じ日に発覚し、仕事を辞めてドイツで育児中心の生活を送ることになった。
今となっては、そういう流れで踏ん切りがついて、この2年間息子の「新しい瞬間」をほぼ見逃さずに来られたことが本当に良かったなぁと思う。何しろ、その瞬間瞬間に何かをつかんだ息子の表情や反応が喜びに満ちているからだ。

もちろん、細々とでも自分のテーマであるフェアトレードに関わったりすることは、自分が自分であるために必要不可欠なのだけれど、やはり子育てって面白いなぁと改めて思う。
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# by nakazawamlibra | 2011-02-27 06:58 | 子育て

謝らないサービス産業

ドイツに住んでいると、時々お店の接客やサービスで嫌な思いをすることがある。
日本のサービス産業は、基本的に超マニュアルめいているけれど、お客様さまさまな感じ。
しかし、ドイツに来てから、モノを買って不良品があっても、基本的に処理されるだけで、「申し訳ありません」と言われないことが多々ある。

先日、久しぶりにブーツを買った。
日本の品質基準に比べると、ドイツでは洋服でも何でもよく見ないと、縫製がほつれていたりすることがよくある。しかし、子連れの買い物だと、どうしても「急がねば」という気持ちがあるせいか、ついついパパっと買ってしまうことも。

そして、案の定ブーツの脇の縫い目がすでに切れていることに、家に帰ってから気がついた私。
それも店から家まで1回履いてしまったのだが、場所的にその間切れたということはないし、仮にそうであったとしても、そこそこの値段の商品だったのだから、そんな簡単に壊れてしまっては困る。

そんなわけで、後日店に出向くと、はなから店員はぶしつけな態度。
謝るどころか、「少しでも履いたら交換はできないし、まだ壊れていないから何もできない」という始末。それでも「これは切れているから、徐々にほつれていく。店の責任なのだから対応してほしい」と言うと、奥へ行って糸の先を焼いて丸めて「ほつれは取れた」と言われたり。
結局店長にレターを書いて抗議して、最終的には修理してもらい、帰って来た。
これが全て終わるまでに3週間。

この話をこちらの友人にしたら、「ドイツ人のように考えなくちゃ。店員からしたら、”私が製造したわけじゃないから、私が謝る必要はない”ってことだね」と言われた。
うーむ、店員としてのプロフェッショナリズムはどこへ行った!?

そういや、クリーニング屋から返って来たものが壊れていた時も、カーディガンに小さな穴が2つあいていたときも、いずれも「申し訳ありません」と謝られたことはなく、すぐに顔色を変えて「それは対応できない」、もしくは淡々と「交換します?」と聞かれた程度。

ドイツの人々は基本的に親切だけど、何だかサービス産業においては、お客として戦わなければいけないことが多いなぁ。先週もドイツ人の知人のところに、異様に高い光熱費の請求が来て、家主としばらくもめたあげく、結局隣の家の請求書とすり変わっていたことが分かったらしいのだが、家主は一言も謝らなかったらしい。

恐るべし・・・。
日本にいると、何でもかんでも丁寧に謝られ過ぎて、滑稽な時もあるけれど、謝らなすぎるのもねえ。。。。
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# by nakazawamlibra | 2011-02-19 07:35 | 暮らし全般


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