ドイツの暮らしとフェアトレード |
第二次大戦の被害者に対する補償問題で、日本とドイツは比較されることが多い。
最近こちらで目にした記事で、それをまた思い出させられた。 当時ナチスは、強制収容所に送る前のユダヤ人をゲットーと呼ばれる強制居住地域に押し込んだ。ゲットーでは、食べ物や食料の配給切符と引き換えに工場などで働かされる人々も多くいた。 記事によると、今月ドイツの連邦社会福祉裁判所は、当時ゲットーで働いたユダヤ人の労働に対して年金を支払うべきという判決を下したという。 そもそもドイツの社会保障制度では、報酬と引き換えに行われた労働に対しては、引退後に年金が払われる仕組みになっている。そして2002年にドイツは、「ゲットー労働者のための年金法」という法律を施行し、ゲットー労働者に対して年金を支払う制度は作ったが、監督官庁は「ゲットーのユダヤ人たちが仕事と引き換えに受け取った食料や配給切符は、厳密な意味での給料に値しないので、労働の報酬とは認められない」として、年金の支払いを拒んでいたのだそうだ(年金を申請した7万人のユダヤ人のうち90%が却下された)。 しかし、この判決でようやく年金が支払われることになるとのこと。戦後50年以上経っており、すでにこの世を去った人々も多いだろうが、当然の権利だろう。 ドイツは、そのほかにも、2000年に賠償基金を設立し、ウクライナやロシア、ポーランドなどに住んでいた165万7000人の強制労働被害者に対して、これまで約5610億円の賠償金を支払っているとのこと。 それにしても、「年金」での戦後補償という話は、私は初めて耳にするものだった。人々は、色々な面で自分の権利を奪い返そうとしているのだな、と思った。 日本もドイツも、人々の自由に生きる権利を奪って侵略なり支配した側というのは、どれだけ年月が経とうとも、償う義務は消えない。 そういえば、旦那と結婚する前に、なぜか靖国問題で3時間くらい大激論して(それも電話で)、大ゲンカしたのを思い出した・・・(笑)。今思うと、なんて疲れるカップル・・・と思うけれど、こんなところでもケンカになるくらいだから、こういう人々の感情が深く絡む話は議論が尽きない。 去年、中国人の監督が撮った映画「Yasukuni」を見て、少し一面的な印象も受けたものの、「された側がどう受け取っているか」を知る上でとても興味深かったし、戦争であれ個人のケンカであれ、それが重要なことなのだと感じた(もちろん、客観的な事実はきちんと知った上で)。 戦争をしかけた側も、もちろん個々人は当時の教育で洗脳されていた部分があるだろうし、国に使われた身であるから、一人一人を考えれば、戦争した国・された国ともに兵士本人やその遺族は傷ついたと思う。 でも、やっぱり国としては、どんな大義や言い訳を掲げようとも、侵略や支配は許されるものではないし、そこに償う責任があることは言うまでもない。 ドイツも日本も、きっとまだ当面はこういうニュースが尽きることはないのかな。
by nakazawamlibra
| 2009-06-30 06:08
| 暮らし全般
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